過去の扉を閉じよ

エイブラハム・リンカーン

2016/06/16 6153 VIEWS

ー出典元 matzav.com

エイブラハム・リンカーン

Abraham Lincoln

1809年2月12日-1865年4月15日

国籍:アメリカ

職業:政治家

ある有名な書物にこんな一節がある。
❛❛やはり店を経営していた別の男の実例もある。
その店はつぶれてしまった。それで男は測量技師になったが、それにも失敗した。
彼は自分の測量器具を処分して借金を整理しなければならなかった。次に、彼が選んだ職業は兵隊だった。インディアンと戦う軍隊に入隊したのである。そこでは隊長の地位をもらった。ところが、軍人としての成績があまりにもひどかったので、たちまち兵卒に降格され、除隊させられてしまった。
 その後、彼は熱烈な恋をし、婚約をした。だが相手の女性は間もなく死んでしまった。またもや彼は、精神的打撃の中でのたうち回らなければならなかった。
 次に、彼あ弁護士になった。だが、弁護士としての活躍ぶりも大したものではなかったそこで彼は、政治の方へ進むことにした。が、立候補しては落選した……。しかし何度目かの挑戦で、やっと当選した。
 そして最後に、この男は大統領になった。これは思いがけないことだったのだろうか。ある意味ではそうだし、あるいはそうではないともいえる。もし彼が、鎖を引きずっている囚人のように、失敗や失望を自分の心に引きずっていたら、大統領にまではなれなかったのかもしれない。過去の失敗を引きずって生きている人は多い。そういう人々は過去という亡霊に囚われている囚人であって、失敗者というイメージを壊すことができないのだ。
 その男は失敗をきっちりと捨て、忘れていったのである。だからその男の成功は奇跡でもまぐれでもなかったのだ。これはどんな人間にも許される特権なのである。大統領になった男は、その特権を活用しただけのことだ。もしその特権を活用しなかったなら、歴史に残るあの偉業は成し遂げることができなかったであろう。もうおわかりだろう。彼の名はエイブラハム・リンカーンである。❜❜

次には、こう続く。

❛❛人間は、人生の大いなる「プラン」を見通すことはできない。しかし悲しみや挫折が起こるたびに、それはやがて来るべき、さらに豊かで素晴らしい経験へと鍛え直され、強化されるのだと考えればよい。充実させ、報われるものに焼きなおすことができるのだ。❜❜


この文章を読んだ後に、本企画で取り上げることを決めた。
今の若者だけではなく、大人にも必要な考え方だと感じたからだ。
過去の呪縛に捕らわれ、まだわからない未来すらも過去の延長線上で決めつけてしまっている人が多い。
そんな方々に対して、エイブラハム・リンカーンの生き様を紹介したいと思う。 

ここがポイント!
リンカーンさん

貧しい農家に生まれる


エイブラハム・リンカーンは1809年2月12日に父トーマス・リンカーン、母ナンシー・ハンクスの息子として貧しい農家に生を受けた。

一家は農場を売り買いし、生計を立てた。厳格な道徳規範を持ち、飲酒やダンス、奴隷制度に反対する教会に通った。
もしかするとこの頃の経験がリンカーンの奴隷解放に尽力するバックグラウンドとなっていたのかもしれない。

父、トーマスは土地の権利証が偽物だったことを理由に訴訟で土地の全てを失ったことがある。
息子エイブラハムは、独立するまで家庭の仕事を手伝い、肉体労働の毎日であったため、ほとんど学校へ行くことができなかった。

両親も無学で読み書きをすることもできなかったというので、両親の影響も大きいことであろう。
しかしながら、エイブラハムは何人かの巡回教師からの1年分の教育のみを受け、その後は読書で自己研鑚に励んだとのことだ。

エイブラハムが9歳の時に、母ナンシーが毒草を食べた牛の乳を誤飲したことでミルク病になり、34歳で亡くなった。
母の死後、2歳年上の姉のサラがエイブラハムの面倒を見ていたが、エイブラハムが19歳の時に、サラは死産をして21歳で急逝した。

ここまでの生い立ちを振り返っても到底、彼が大統領になることなんて想像ができない。


22歳、実家から独立


22歳になったエイブラハムは、実家から独立すると、イリノイ州のニューセイラムに移り住んだ。
この地、ニューセイラムで様々な経験をすることになる。

23歳のエイブラハムと共同経営者は小さな雑貨屋を借金で購入した。経済は上り調子だったが、事業の存続は厳しく、冒頭に説明したとおり、
店は畳むことになった。

ニューセイラムで最初の冬には、ニューセイラム討論クラブの集会に出席した。ここで行ったこと、店や製材所、製粉所を切り盛りする効率の良さ、さらには彼自身の自立していく努力もあって、間もなく町の指導者である人々に敬意を持って迎えられるようになった。

指導者である彼らは、エイブラハムがこの成長する町に利益をもたらすことができると考えて政治の世界に入ることを勧め、1832年3月にエイブラハムは、イリノイ州議会議員候補者になることを宣言することで、政治との関わりを始めた。

選挙日に向けて運動を始めた彼は、ニューセイラムでは持って生まれた雄弁家として人気を集め聴衆を引き付けたが、教育を受けた過去がなく、強力な友人と金がなかったことことから結果は落選。

落選後は、ニューセイラムの郵便局長を、さらに後には郡測量士を務め、その間も貪欲に読書を続けた。

その後、弁護士になる決心をし、ウィリアム・ブラックストンの『イギリス法注釈』など書籍を読むことで法律を独学し始めた。
その学習方法について「私は誰にも付かずに学んだ」と語っていたそうだ。

28歳には試験に合格し、法律事務所で働き始めたのはいいものの、その後は政治と法律の世界をどっちつかずで行き来をすることになる。


しかし、奴隷制をめぐって、 アメリカ北部と南部の対立が激しくなると、
この問題に関心をよせたエイブラハムは、 再度、政治の世界に、飛び込むことを決心したのである。

その後の、彼の功績は言うまでもないだろう。
大統領選に臨み、一度は落選したものの、無事当選し、奴隷解放宣言により、奴隷制を撤廃した偉大な大統領となったのだ。


彼の歩みから何を学ぶか


これまでのリンカーンの歩みを見て、何を感じるだろうか。

日本のどこかの有名な会社の社訓にこんな言葉がある。

「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」 

彼はまさしく、この言葉を体現してきた人物ではないだろうか。

教育も受けたことのない人物がなぜ弁護士に、政治家に、そして大統領になることができたのだろうか。

彼は、過去の自分の生い立ちにコンプレックスを感じていなかったわけではないだろう。
事実それが障壁となり、機会を獲得できなかったこともある。

だが、彼には最終的には何も問題ではなかったのだろう。
前だけを向き、自ら機会を作り出し、機会によって自己研鑚してきたからこそ、勝ち取った道なのだから。

過去の失敗を引きずり、自分の人生を決めつけてしまっている方はいないだろうか。

だが、そんな方もエイブラハム・リンカーンと比べたらその過去の失敗はちっぽけに感じないだろうか。

もう一度冒頭の文を引用して終わりにしたいと思う。

❛❛人間は、人生の大いなる「プラン」を見通すことはできない。
しかし悲しみや挫折が起こるたびに、それはやがて来るべき、さらに豊かで素晴らしい経験へと鍛え直され、強化されるのだと考えればよい。
充実させ、報われるものに焼きなおすことができるのだ。❜❜

きっといい未来が待っていると信じ、勇気を持って進むことだけを選択しよう。 


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