ディズニーランド誕生秘話

ウォルト・ディズニー

2016/05/17 11606 VIEWS

ー出典元 NATIONAL POST

ウォルト・ディズニー

Walt Disney

1901年12月5日-1966年12月15日

国籍:アメリカ

職業:アニメーター・プロデューサー・映画監督・脚本家・声優・実業家・エンターテイナー

#1「ディズニー映画はどのようにして生まれたのか」では、ディズニー映画誕生の裏側をインタビューし、紹介しました。

#2ではそのディズニー映画を元に作られた、夢の国、「ディズニーランド」の誕生秘話に迫りたいと思います。
映画というブラウン管で繰り広げられていた、世界をどのようにリアルの世界で表現したのでしょうか。

夢の国を作り上げた男が胸の内を明かします。 

ここがポイント!
ウォルトさん

娘と遊園地に行った日

前回はありがとうございました。2回目である今回はみんなの夢の国、ディズニーランド創設についてお伺いしたいと思います。宜しくお願いします。
ディズニーランドを創設に至ったきっかけはなんだったのですか?

きっかけは私が、娘を連れて遊園地に行ったときのことでした。
娘たちはいつも楽しそうに遊具に乗って遊んでいます。
ですが、連れて行っている自分はというと、ベンチに座ってポップコーンを食べるだけ。 遊園地は子供だけではなく、大人も一緒に楽しめる場所にすべきではないかと考えたんですね。それがディズニーランドというアイディアを得たきっかけです。

アトラクションなどで楽しむことはもちろんですが、いつでも掃除が行き届いていて、おいしいものが食べられる。そんな夢の世界を作りたかったんです。



なるほど。ご自身の体験から生まれたのですね。
実際にあれだけの規模の場所にあれだけの規模のサービスを建設するにあたって、莫大なお金が必要だったのではないでしょうか?

もちろんです。

とてつもない額のお金が必要でした。
とてもじゃないですが、ディズニー映画で得た興行収益だけでは賄える額ではありませんでしたね。

いつもは理解を示してくれていた兄のロイでさえ、ディズニーランドの建設計画には反対したほどです。

もちろんどこからか借り入れる必要があったので、私は銀行を走り回り構想を説明する毎日でしたが、断られてばかりでしたね。

捧げた命と魅せた執着心

実際に資金は、実際にどうやって集めたのですか?

断られてばかりだったので、とにかくこれが完成したらどれだけの世界が実現できるかを魅せる必要がありました。
ただ、商談の場などで行われるプレゼンテーションでは、規模が大きすぎるため、相手が想像するに想像しづらい状況にあったんです。

そこで私はディズニー映画をうまく活用することを思いつきました。
当時映画界の最大のライバルだったテレビ局とタッグを組み、ディズニーランドへの期待を表現する「ディズニーランド」という番組を制作したんですね。
私も自ら番組に出演して、案内役を務めましたよ。

さらに私は実現に向けて命を捧げることに。文字どおり、命を捧げました。

どういうことかというと、建設資金を借り入れるにあたって担保が必要ですよね。 その担保には私の生命保険をあてたんです。 これでもう死ぬまでに実現するしかない状況を自ら作りましたね。

もうやるしかないと!笑



なるほどそれで資金を借り入れることができたんですね。

忘れたことはありません。
303回目の融資の交渉でした。

実際に借り入れたお金をもとに、カリフォルニア州アナハイムに150エーカーの土地を購入。

そして待ちに待った1955年。
ディズニーランドが完成しました。

構想し始めた時期から考えると15年もの長い日々でした。 それは長いようであっという間の15年でしたよ。


ディズニーランドは永遠に完成しない


303回の交渉に、15年の月......。信じられないです。
それが今のディズニーランドの裏側にあったものなのですね。
東京にもディズニーランド、ディズ二ーシーがありますが、いつも大人気ですよ。
冒頭におっしゃっていた「いつでも掃除が行き届いていて、おいしいものが食べられる。そんな夢の世界がちゃんと実現されていますよ。」

それは非常に嬉しい限りです。
ただね、そんな皆さんに忘れないでいただきたいことがあるんです。

ディズニーは永遠に完成しません。
この世界に想像力が残っている限り、成長し続けます。


これからも成長しつづけるディズニーを見ていきたいです。
素敵なお話ありがとうございました。




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