甲子園の土を踏んだ学生起業家の言葉

田中雄大/立教大学

2016/04/06 36386 VIEWS

株式会社Via careerにて、取締役を務める田中さん。
話を聞くと、彼の原点は高校時代にあると言います。

何が彼の今を形成しているのか、そんな原点についてアツく語っていただきました! 

田中雄大/立教大学

Yudai Tanaka

株式会社Via career取締役
1994年5月生まれ。
福岡県出身で6歳から18歳までの13年間野球に没頭し、高校時代は強豪、九州学院高校で3年連続甲子園出場を果たす。
卒業後は立教大学へ進学し、現在は経営学部の4年生。
大学1年夏から1年間、コンサルベンチャーで社長直下という環境にて経験を積み、2年時に株式会社Via careerを設立し、今に至る。

田中さん

目に焼き付けた母親と恩師の姿


本日はよろしくお願いします。
Via careerへは設立途中からの参画だとお伺いしましたが、なぜ参画しようと思ったのですか? 

Via careerが設立される前に実は永渕ともう一人、設立メンバーがいたんですが、その2人が僕のことを「一緒にやるぞ」と口説きに来たんです。笑  

もともと起業したいという思いはあったんですが、その時は断ったんですよ。
今のタイミングで起業するべきではない、という自分の判断と、彼らと一緒にやって大丈夫なのか?という純粋な問いがあって。
彼らの人間性がどうこうではなくて、同じ学生だけで起業するのはどうなのかと考えた結果、断りました。

ただ誘いを受けたということで1週間考えた結果、一緒にやるという結論に至りましたね。背景として、その時僕は成長フェーズにあるベンチャー企業でインターンをしたいと思っていたんですが、それよりも 「世の中を変えていこう」、「周りの学生を変えていこう」という想いを持った仲間がいるのであれば、彼らと一緒に世の中を少しでも良い方向へ変えていける主体になりたいと思ったからです。
そういった経緯と自分自身もともと起業したかったという想いが重なって設立メンバーとして、ジョインしました。 



起業したかったという想いはどこから生まれてきたんですか? 

それは2つありまして、1つは母親の存在です。
母親は経営者で、僕が幼少期から自宅を事務所として使っていたこともあったので、母親が働く姿をずっと見てきました。
なので、社員の方もうちに来て、母親に指導されている姿もよく見ていました。

当時の自分は、仕事は単なるお金稼ぎでしかないという考えだったのですが、母親の姿を見るたびに仕事に対する考え方が変わってきたんですね。
接客業だったので、例えば挨拶1つ取ってみても、言葉遣い、声のトーン、手の位置、挨拶の最後にもう一言添えるだったりと、細かいところまで一つ一つ社員の方に指導していました。
その時に、人を育てることだったり、もっと大きく言えば世の中のためになることが仕事なんだなぁ、という風に影響を受けたというのが1つです。  


もう1つは高校時代の野球部の先生の存在ですね。
この先生がまた変わっていてですね……。
例えば練習が終わって全員が集合するじゃないですか。そういう時って普通の指導者だったら「家に帰って素振りをしろよ」だとか、「できることは家でもやれよ」とか言うんですよ。ただ、その先生は、ベンチ内外関係なく部員全員にどういう話をするかというと、「人間性や物事の考え方」の話しかしないんですよ。  
中でも特に印象に残っているのが、一度僕がチャンスをもらって試合に出た時、連携プレーでエラーをしてしまった話なんですが、明らかに自分が原因のミスなのに、僕は他のメンバーにせいにしてしまったんです。
その時に、「そういう性格だからお前を使いたくないんだよぉぉ!!」と、先生から激怒の声が飛んできました。
あれは試合中のグランド全体に響き渡ったので、鮮明に覚えていますね。笑  

要は、野球の技術どうこうではなくて、自分の人間性に原因があって試合で使ってもらえなかったんだなと気づき、胸にグサッときました。もちろん、自分以外のメンバーも同じような気づきを持っていて、毎年お正月や長期休みになるとほとんどのOBがグランドへ足を運び、先生のもとへ挨拶に戻るんですよね。何で皆が戻るのかを考えると、やっぱりそこには先生に対する感謝や気づき、学びが多いからだと思いました。

監督って野球部という組織の上に立つ人間じゃないですか。その野球部という組織のトップとして技術的な部分だけではなく、人としての考え方を指導されてきたわけです。教え子一人ひとりがこれから社会に出ていって、必要とされる人材になるための手段として野球部の指導者になっているんだと気づいた時に、「面白いな…!」と感じました。

母親と野球部の先生、この2つの掛け算で 、起業という手段もありかなと思えてきて、起業を通して、最終的に自分が50、60歳になった時に、「世の中で活躍できる、必要とされる優秀な人材を輩出する」というミッションがしっくりきたので、起業を選択したという背景ですね。
今の自分自身を創っているのは、母親と野球以外のなにものでもないです。



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