閉鎖的な日本社会へ投じる一石

金村 容典/立命館大学

2016/04/02 18725 VIEWS

日々加速する世界のグローバル化。その中でも日本は特に、遅れを取っているガラパゴスな国の1つだろう。増える外国人観光客、賛否両論分かれる移民政策、改革が進む英語教育。

そのような、様々な改革、問題が巻き起こっている激動の日本社会へ「フラミンゴ」というアプリで一石を投じようとしている者がいる。

株式会社フラミンゴ、代表取締役の金村容典さん。
彼は一体なぜ多文化共生社会を目指すのか。
会社・事業に込める想いをインタビューしてきました。 

金村 容典/立命館大学

Hironori Kanamura

株式会社フラミンゴ代表取締役CEO & ファウンダー 立命館大学大学院法学研究科に在学中
2013年~2014年にVC、2015年春には文科省EDGEプログラムの一環でシリコンバレーを訪問しチャットワーク株式会社でインターンを経験。2015年夏には、インターンとして株式会社ディー・エヌ・エーの新規事業である"Anyca"のマーケティングに従事したのち、株式会社フラミンゴを設立。
多文化共生社会の実現に貢献するために、まずはカフェに外国人を呼んで、外国語のレッスンを受ける事ができるアプリ「フラミンゴ」をリリース。

金村さん

ボーダーのないフラットな社会へ



本日はよろしくお願いします。 多文化共生社会の実現というビジョンを掲げていらっしゃいますが、その言葉が表す社会とは具体的にどういった社会なのですか?

例えばコンビニとかそんなコミュニティなのかなと思っています。
今のコンビニは多文化共生が強いられているタイプですが、コンビニではウズベキスタン人などが日本人より安い給料で優秀に働いてくれる人として雇用されていますよね。 マクドもそうですが、東京は外国人雇用が多いです。
今後そういった人口バランスが、どの職場でも普通になると思っています。
国籍・文化が違う人同士がどこかで一緒に働く、それがスタンダードになっていきます。

そんな中、日本人が今の価値観のまま、日本で生きていてもダメだなと思っていて、もっと多文化共生可能な人になるべきだと思うんです。
というか日本以外は多文化共生に近しいので、日本だけが特殊なんですけどね。

そして僕らは多文化共生社会を実現するというよりは、実現に向けて寄与していくイメージでいます。 自然と社会はそちらの方向性に向かっていくからです。

在留外国人の数は2014年の統計だと、208万人。 2015年の秋の統計だと、214万人で6万人程増えているんですよ。
ずっと200万人ぐらいで推移していたんですが、多分2020年の東京オリンピックの影響などで増えています。 これからも訪日はずっと増えていくじゃないですか。 それに、日本ってそれなりに安く、安定したサービスが受けられる、住みやすい国のうちの1つなので、アジアの新興国でお金持ちになった人は東京に住むようになるんだろうなと思いますね。 そんな状況下で、日本語しか話せない日本人よりも、英語も堪能な外国人の店員のほうがいいとなり、職場も必然的に同じ状況になると思っています。

でもそんな社会が急に来てしまうと、多くの日本人はビックリしてしまうし、外国の人からするとビックリしている人のところに行くのは気が引けて精神的にバリアを張ってしまう。
そのために、外国人の方からしても短期雇用から簡単につけるような環境日本人との交流の機会日本人からしても外国語をもっと気楽に学べる機会外国語を学ぶ以上に外国人の友達を簡単に作れる環境、そういったものを今から準備しておきたいなって思っているんです。


社会は確かにそちらの方向性へ向かっていきますね。
では、そもそもなぜ多文化共生社会という言葉へこだわりが生まれたんですか?

生い立ちからの話になるんですが、僕の父方と母方がどちらとも海外の出自で、おじいちゃん、ひいおじいちゃんくらいの代に、日本に来たというバックグラウンドがあります。
当時、京都では海外の出自であることがディスアドバンテージになることが多く、すごく苦労していたという話を聞きました。

僕が小学校1年生くらいの頃に、いとこがそのバックグラウンドが原因でトラブルに巻き込まれたりしていたのを見て、自分が海外にルーツを持っていることは、正直リスクなんだなと思っていました。

だからあんまり周りには話さなかったんですよ。 国籍の違いや文化の違いだけで、そういったキャリアや自分の人生でやりたいことが左右されるのは僕はあまりいいことではないなって思っていました。 そんなことを思いながら、小学校を卒業し、中学校・高校へ進んだわけなんですが、中学3年時に、オーストラリアへ、高校3年生時には、台湾へ留学に行く機会がありました。 2つの留学で気づいたのが、日本はその意識が強すぎた、と。

日本では、日本人がすごい数いて、外国人比率が低い状況下では、マイノリティが風当たり強くなりますし、尚且つ、自分自身もオーストラリアや台湾に留学していた時に、楽だったというか、温かい気持ちになったんです。
単純に僕はこっちのほうが向いているんだなって思ったんですよ。

もう1つきっかけがあって、昨年の冬から春にかけてお世話になっていた大学の先生から「アメリカのシリコンバレーで受け入れてくれるところがあるらしいぞ」という話を頂いて、たまたまアメリカに行かせてもらったんですね。
サンフランシスコに行ったわけなんですが、ある日、「GoodPatch」さんのサンフランシスコ支社でイベントがあったんですよ。「Prott」というサービスを使ってプロトタイプを創ってみようというイベントでした。
そこにご縁合って参加させていただいて、改めて感じたのは、僕はこういう世の中で生きたかったんだということです。 どういうことかと言うと、話しかけてくる人が全員、普通のネイティブスピードで英語をペラペラ喋ってきて、僕のことを日本人だとか思っていないんだなって。

直感的ですが、国籍より能力やその人が何を考えているかで、誰と働くか、を決めていく、そういった社会のほうが好きだなあと思ったんです。

僕自身、本当に引け目を感じていたこの生い立ちに関して今ではもうパブリックにしたんですが、周りに話す時は大きなチャレンジでした。 友達や信頼できる人が増えたからパブリックにしたので、そういう意味では、自分でチャレンジしたことではないかもしれないですけど、小学生や中学生の頃はずっと黙っていたので、大きな決断でしたね。

辛い時期もありましたが、今となってはこの「フラミンゴ」というビジネスに込める前向きなパワーの1つとなっています。 





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