「CTO」に込めるこだわり

中川 草也/文教大学

2016/02/22 33600 VIEWS

数多くの事業立ち上げ経験を持ち、今現在は、CTOとして活躍している中川さん。
決して順風満帆ではなかった大学1年生からどのような道を歩み、ここまで辿り着いたのか。

『CTO』に込める思い、人生の転機を中心にお話を伺ってきました! 

中川 草也/文教大学

Soya Nakagawa

株式会社Ezmom
CTO(※Chief Technology Officer = 最高技術責任者 の略)
1993年生まれ、岡山県出身。営業マン、デザイナー、イベンター、出版など幅広い職種の経験を持ち、学生時代に3度の事業立ち上げに関わる。
株式会社Retty、カウモ株式会社でサービス開発、株式会社Candleではインフラ主任を経験する。
著名エンジニアを数多く輩出する日本電子専門学校の中川聡教授に師事した後、転機を迎えているゲーム業界、ゲームメディアというフィールドに大きな可能性を感じ、弱冠22歳で株式会社EzmomにCTOとしてジョイン。

中川さん

自身のテリトリーを求めて



まずEzmomにジョインした理由を教えていただけますか?

僕、実は2回目のジョインなんですよ。
2015年の6月にリジョインしました。

前回は2014年の3月から7月まで一緒に働いていたのですが、その時は、事業がうまくいかなくて、辞めたんですよね。

ただ、それは僕自身の問題で、修行というと大げさですが、人材」としてレベルアップする必要があるなと思ったから取った選択です。

Ezmomを辞めてからの1年弱、「KAUMO」「Candle」「Retty」の3社のベンチャー回って、立ち上げや大規模開発などを経験しました。

その修行期間で、僕はCTOを目指す決心をして邁進していた頃に、Ezmomの事業も伸びて来ていて、代表の朴から再び「Ezmom面白くなってきたから、また一緒にやろう!」と声を頂き、リジョインを決めました。

出戻りは珍しいらいんですけどね。笑



なぜCTOというキャリアを選択したのですか?

駆け出しのエンジニアだった頃、漠然ともっとインパクトが大きいことができないかと考えていたんです。

エンジニアとしてCTO路線を行くことが、一番影響力が出るんじゃないかと感じていた頃に、 中川聡先生という方と出会って、その考えが明確になりました。

中川先生は、日本電子専門の教授をされていて、僕の以前のインターン先の「Candle」の技術顧問をされてらっしゃいました。

「Candle」で働いていた際に、中川先生に、 「エンジニアというのはね、こういうスキルが必要で、会社・社会にこういうものをもたらしていて、その中でCTOっていうのはこういう存在で….」というのを教えていただいて。

先生は、日本で名立たる技術者を輩出している方なので、ネットワークも広く、色々なCTOの方とお話しする機会も頂けました。

そういった経験のおかげで自分の視点が「ガッ」と上がって、エンジニアとしてインパクトを出すにはCTOになるのがベストな選択だなって思ったんです。


実際にCTOになってから、「CTO Night」というイベントに招待いただくこともありました。 
メガベンチャー、スタートアップの経営者、CTOの方が集まる場所で、お話ができるのでとても刺激的で、視座が高まりました。

総じて、今の僕があるのは中川先生のおかげですね。



ただ当時は、まだ僕も駆け出しのエンジニアだったので、CTOになるにあたって、フルスタックである必要がある、と感じました。

インフラも触れなきゃならないし、アプリケーションも書けなければならないし、大規模開発もできなきゃならないし、チームマネジメントももちろん、エンジニアの文化・仕組みも作らなきゃならないし。

なので、自分に足りないものを勉強するために「Candle」「Retty」でインターンをして修行したんです。



それぞれの会社でどのようなことを経験したのですか?

「Candle」ではサービスの立ち上げと、立ち上げ後のインフラ運用、「Retty」ではアプリケーション開発と大規模開発を学びました。

週3で「Candle」に行きながら、「Retty」に週5で通う生活をしていましたね。

平日の朝から定時までを「Retty」で働き、平日の定時後、2日は「Candle」で働く、そして土日は「Candle」で働く、 といったサイクルで、週8日です!笑

毎日働いてました。



そこで、CTOとして必要なスキルを得たわけですね。
エンジニアという道を選んだのには、何か理由があるのですか?

はじめに、Ezmomで働いていた時はエンジニアじゃなかったのですが、いざ終わった後に振り返ってみると、僕らが4人掛かりで一生懸命やっていた作業は、エンジニアリングができたら1人で出来るなって思ったんですよ。

スキル的にレバレッジが効いてないなって思って。

このIT業界にいること・スタートアップにいることを考えると、個人として一番バリュー発揮できるのはエンジニアだなって思ったからですね。



ただハマらなきゃ続けられないですよね。どこに魅力を感じてハマりこんだんですか?

プログラムを自分の手で書いて、動いた時の高揚感ですね。

Ezmomを辞めた後、プログラミングが学べる環境を探していたわけなんですが、 「KAUMO」というスタートアップの代表の太田和光さんから 「ここはプログラミングが勉強できる環境があるから一緒にやろう!」と誘われ、一緒に立ち上げていました。

そこで、和光さんにプログラミングの教えてもらいながら、一緒に簡単なスクレイピングのコードを書いたんですが、それが動いた時がめちゃめちゃ嬉しかったんです!
その時の気持ちの高ぶりが自分にとって成功体験で、ハマり込みました。


例えば、長期的に何かを成し遂げたいことがあった時に、それって毎日積み上げていかなければならないじゃないですか。

しかも、積み上げるものって楽しいものじゃないと毎日続かない

それで言うと、プログラミングは楽しくて、毎日勉強し続けることができるなって思ったんですよ。

自分がバリューを発揮できる場所を探してやっと見つけたのがエンジニアだった、というわけです。




自分が没頭できる、その上でインパクトが大きいことを探していたということですか?

例えば、会社経営でも重要なことってどこの領域に、どういうモデルで参入するか」だと思うんですけど、 それを自分にも当てはめて、どの領域で、どういうモデルでどんな才能を発揮して戦っていくのか、どういう適性があるのか、っていうのをずっと探していました。


「Ezmom」に入る前には本当に色々なことをやっていたんですよ。

営業もやりました、ソーシャルの運用もやりました。
事務で働いたこともあります。
メールオペレーター雑紙の編集もやりましたし、デザインの受託もやったこともありますね。

あ、あと、五反田のスナックで働いたりもしましたし、街コンの運営とかもやりました。笑



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